中国 生活ブログ by 【中国遼寧省/瀋陽ガイド】
4月5日は中国の「清明節」です
清明節とは、家族皆で祖先のお墓をお参りして、草むしりをしてお墓を掃除する日で、「掃墓節」とも呼ばれます。
また春を迎えて郊外を散策する日でもあり、「踏青節」とも呼ばれます。
日本で言うお彼岸と同じです。
清明節前に摘んだ茶葉を「明前茶」、清明から穀雨までの茶葉を「雨前茶」、穀雨以後の茶葉を「雨後茶」といいます。
中国で緑茶は清明節に近い時期に摘むほど、香りと甘みがあり、高級とされています。
「清明節」は地球から見た太陽の位置で算出する暦上の二十四節気のひとつで、中国語のアルファベット表記は「Qingmingjie」「清明」とも言います。
春分から約15日後で、毎年4月4日または5日です。
中国の伝統的行事は「月の運行」に基づく「農暦(旧暦)」によるものが大部分で、1月から2月にかけて訪れる春節(旧正月)のように、年によって大きく変動する場合が多くあります。
清明節とは「清明」には節気を指す意味と、祭日を指す二つの意味があります。
節気は1年間に24あります。
節気とは、地球が太陽のまわりを公転する円周360度のうち、15度回転するたびに定めた区切りです。
節気としての清明は、15度から30度の区間で、陰暦3月、西暦だと4月5日(或いは4日)から20日(或いは19日)の間とされています。
二十四の節気のうち、祭日となったのはこの清明節だけです。
しかし、清明節など二十四節気は太陽の位置により決まるので、年による変動は少ないです。
全二十四節気は以下の通り。
「冬至」、「小寒」、「大寒」、「立春」、「雨水」、「啓蟄」、「春分」、「清明」、「穀雨」、「立夏」、「小満」、「芒種」、「夏至」、「小暑」、「大暑」、「大暑」、「処暑」、「白露」、「秋分」、「寒露」、「霜降」、「立冬」、「立冬」、「大雪」。
清明節だと清明節を詠った、杜牧(唐)の詩が有名です。
清明時節雨紛紛 (清明の時節 雨紛紛)
路上行人欲斷魂 (路上の行人 魂を断たんと欲す)
借問酒家何處有 (借問す 酒家は何れの処に有る)
牧童遙指杏花村 (牧童 遥かに指さす杏花の村)
3月15日は中国消費者権益日(消費者の日)
3月15日は国際消費者機構の定める、国際消費者権利保護の日です。
1962年3月15日、アメリカの元大統領ケネディは議会で「消費者の権利を守る」についての大統領として有名な四つの消費者権利を提出し提案を出しました。
それは、「安全保障権利」「正しい資料を分かる権利」「自由に決める権利」「消費意見を出す権利」です。
これらの権利は少しずつ世界中に浸透していき、基本の目標となりました。
1983年、国際消費者協会は毎年の3月15日を国際消費者権益保護デーに決め、中国も1987年9月に国際消費者協会に参加しました。
それから毎年3月15日の国際消費者権益保護デーでさまざまな普及イベントを開催しています。
企業は、消費者の権利を守る社会的責任を強化し、消費者は科学的で、健全かつ合理的で、文明的な消費理念を確立し、消費者保護意識を高めるよう呼びかけています。
毎年テーマを変えて、今年のテーマは「消費とサービス」です。
日本では「消費者の日」と呼ばれています。
中国では消費者の権利を守るべきだという意識が強く、3月15日はさまざまなイベントが催され、また多くのメディアが消費者の権利問題に関係するニュースを取り上げます。
ここ数年の消費者意識の高まりとともに、この3月15日は一般庶民にとっても注目される1日になりました。
新聞などでも特集が組まれ、テレビも特別番組を放送、大きな商店街では資料を展示します。
3月12日は中国の植樹デー
3月12日は中国の植樹デーで、記念日として最初に制定されたのは中華民国時代の1915年です。
植樹の活動を通じて、森林保全、森林資源の拡大、生態環境の改善を目的とし、人々に森林の有用性の意識を促進します。
この日は、国民に呼びかけて木を植えるため制定しました。
また、3月12日は孫文の記念日でもあります。
孫文は林業の建設を十分に重視しましたが、1925年3月、孫文は南京で逝去しました。
1979年2月23日、第5回全国人民代表大会第6回会議常任委員会は3月12日を中国の植樹デーにしました。
全国の人々に中国の環境を守るため、将来のため、植樹するように励んでいます。
植樹節前後、中国の各地で集中的に植樹造林の活動を行うことにしました。
毎年植樹デーのテーマも違います。
去年のテーマは森林と都市の融合で、都市と森林が融合できるようにというテーマでした。
今年のテーマは、木と一緒にです。
1981年12月以来、中国国民の義務植樹により350億株以上の樹木が植え付けられました。
中国政府は今「三北」(華北、東北、西北地域)と長江中下流域の保安林建設や過度開発された耕地の林地と草地への返還、野生動物植物の保護と自然保護区建設、天然林の保全など六つの大規模な林業建設プロジェクトを実施中です。
2000年末、中国の森林被覆率は16.55%に、都市部一人当たりの公共緑地は6.52平方メートルに高められ、全国自然保護区も延べ1億ヘクタールを超えました。
3月8日は国際労働婦人節です。
3月8日は「国際労働婦人節」です。
1909年3月8日アメリカのシカゴの女性労働者たちは、自由と平等や一日8時間労働制、賃金の引き上げなど、政治と経済の権利を求めるため、大規模なストライキとデモを敢行し、世界の女性労働者たちから大きな反響と支持を得ました。
1910年8月第二回国際社会主義女性代表大会で決議が可決して毎年3月8日は「国際労働婦人節」と決まりました。
1977年の第32回国連総会では、3月8日を「国連女性権益と国際平和の日」と正式に決定しました。
中華人民共和国成立後、中央人民政府政務院は1949年12月に毎年3月8日を中国の「婦人デー」と決定しました。
新中国の成立で徹底的な解放を獲得した中国の女性たちは、国や社会の事務に平等に取り組むことができるようになり、中国の国の建設や社会の発展に大きな貢献をしました。
「国際労働婦人節」は中国では「三八婦人節」や「婦女節」や「三八節」といい、18歳以上の女性の祝日となっています。
この「婦女節(三八節)」の日は、女性労働者は半日休みとなります。
3月5日は中国人民解放軍模範兵士「雷鋒」に学ぶ日
「雷鋒(らいほう、1940年12月18日 - 1962年8月15日)」は、中国人民解放軍における模範兵士とされる人物です。
「雷鋒」は湖南省長沙出身で、児童団や少年先鋒隊に入り活動。
1957年には中国共産主義青年団に入り、中国各地の農場や工場で作業するなどの奉仕活動を続けます。
1960年人民解放軍に入隊し、輸送隊に配属されました。
1962年8月15日、遼寧省撫順で殉職しました。
死因は電柱を輸送中のトラックを立て直す作業中、頭を強く打ち享年22歳で死亡しました。
「雷鋒」死後、毛沢東などの共産党指導者の言葉を引用した日記が「発見」され、彼は軍人の思想的モデルとして大きく取り上げられるようになりました。
1963年3月5日に毛沢東によって、「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」運動が始まりました。
このスローガンは文化大革命中、各種新聞や学校の教科書で盛んに用いられ、彼は模範兵士として、また無私の象徴として祭り上げられました。
その後も、今日に至るまで政府のキャンペーンで何度も用いられており、3月5日は「雷鋒に学ぶ日」として学生たちが公園や街路などの掃除をする日となっています。
また出身地の長沙と殉職地の撫順では「雷鋒紀念館」が開設されています。
旧暦一月十五日は中国の「元宵節」
「元宵節」は中国の伝統的な祭日で、お正月の望の日(満月の日、旧暦一月十五日で日本でいうところの小正月にあたる)を祝う中国での習慣です。
今年、2010年の「元宵節」は、新暦でいうと2月28日にあたります。
お正月は元月とも言われ、元月の最初の宵(夜)なので「元宵節」と命名されました。
他にも「元節」や「提灯祭り」とも言います。
過年は「元宵節」を迎えて春節が終了する重要な一日となっています。
この春節後の最初の満月の夜に灯籠を飾って見物して、一家団欒をして共に祭日を祝います。
「元宵節」の夜に、灯篭を飾って見物するので、この日を「灯節(灯篭祭)」とも称されています。
「元宵節」には長い歴史があり、この日の夜はどの家の門の前にも灯篭が掛けられています。
この「元宵節」のお祭りについては、ある伝説が言い伝えられています。
紀元前180年西漢の時代の皇帝漢文帝は、正月の15日に皇帝の座に上りました。
この行事を祝賀するため、漢文帝はこの日を提灯祭りにしました。
毎年この日の夜、漢文帝は宮殿を出て、庶民達と一緒に楽しく祝い、どの家も様々な形の灯篭をかけて楽しく祭日を過しました。
その後紀元前104年頃から「元宵節」は国の盛大な祭りとなり、今日まで伝わってきました。
「元宵団子」は中国三大祭りの食品の一つで「湯円」とも呼ばれていて、「元宵節」にはあんが入ったお団子・元宵を食べる習慣があります。
宋の時代(およそ紀元960年から1279年の間)、民間では元宵が流行し始め、この元宵にもち米にさんざしやごま、小豆、なつめなどで作ったあんを入れて作られた美味しいお菓子を食べます。
現在では「元宵節」に灯篭を飾って見物したり元宵を食べたりするほか、多くの祝いイベントも催され、集団舞踊の龍が舞いや獅子踊りなども披露されます。
中国の旧正月「春節」の花火や爆竹
今年の2月14日は、中国の旧正月「春節」ですが、春節の期間は街中で爆竹や花火がそこら中で鳴り響いています。
朝も昼も夜も深夜も関係なく、いつでもどこでも「パンパン!・バンバン!」鳴り響いています。
中国の旧正月「春節」に花火や爆竹を打ち鳴らすのは、色々と諸説ありますがその中で1年に一回街や村から鬼や邪気や猛獣(虎など)を追い払い、街や村に近づかないようにするためという説があります。
爆竹や花火を打ち鳴らしてよい期間は、中国の旧正月「春節」の1週間前の「小正月・少年」から中国の旧正月「春節」の15日後の「元宵節」の日までとされています。
2010年の今年に当てはめると、2月6日が「小正月・少年」で2月14日が中国の旧正月「春節」で、そこから数えて15日後の2月28日が「元宵節」です。
基本的にこの期間以外だと、結婚式やお店の開店等のお祝い事の時以外で爆竹や花火を打ち鳴らすのは禁止されています。
この「春節期間」は、街中に爆竹や花火を売るお店があふれています。
私たちも、爆竹と花火を打ち鳴らしてみました。
今回打ち鳴らしてみた爆竹は、中国で一般的な爆竹です。
打ち鳴らしてみた爆竹の動画を撮影しました。ちょっとだけ迫力等をご覧下さい。
今年の2月14日は、中国の旧正月(春節)です。
中国では現在も新暦の1月1日のお正月よりも、旧暦のお正月を正規のお正月として盛大にお祝いします。
今年2010年の旧暦のお正月は、バレンタインデーである2月14日にあたります。
そのため2月13日が大晦日で、2月14日がお正月で15日16日まで三箇日と同じ感じになります。
この旧暦のお正月のことを中国では「春節(チュンヂェ)」といいます。
公共機関やお店などは、だいたい2月13日から2月18日まで春節休み(正月休み)となります。
中国では新暦の1月1日から1月3日までは、通常の祝日と同じ感じのただの休日として扱われるので、盛大に新年のお祝いはせず、この旧正月である「春節」に花火を打ち上げたり、爆竹を鳴らしたり餃子などを作ったりして盛大にお祝いします。
大量に作るお正月の餃子には、中に飴入りを一つと小銭(1元玉)などを一つ入れ、飴入りが当たった人はその年は甘い生活ができ、小銭などが当たった人はその年はお金に不自由しないなどの縁起担ぎなどもあります。
中国では北京ダックなどに代表されるように、鶏肉を使った料理が多くありますが、春節の大晦日とお正月の二日間は鶏肉を食べません。
「鶏」は中国語で「ジィ(jī)」と言いますが、この「ジィ(jī)」という発音が、「いらだつ」や「怒る・かっとなる」という意味の言葉「急眼ジィイェン(jí yǎn)」の「ジィ」と似ているため、おめでたい日である春節の大晦日と正月には鶏肉は食べません。
中国の家の玄関に、よく「福」などの飾りが付いているのを見たことがある人も多いと思いますが、これを「福来(フゥラィ)」といい日本の正月飾り(しめ飾り・注連飾り)と同じように「春節」の大晦日に飾り付けをして、そのまま翌年の「春節」まで付けたままにします。
中国の旧正月では、亡くなった先祖にお金を送るため「焼明紙(シャォミンズゥ)」という儀式をします。
「焼明紙(シャォミンズゥ)」とは、「明紙(ミンズゥ)」という黄色い紙をお金に見立てて、その黄色い紙の「明紙(ミンズゥ)」を燃やして亡くなった先祖に届ける儀式です。
2月4日は、中国の「二十四節気」の1つ「立春(りっしゅん)」
明日2月4日は、中国の「二十四節気」の1つ「立春(りっしゅん)」です。
立春とは、この日から雨水までの期間の事をいいます。
立春は、太陽の動きに基づいて1年を24等分した「二十四節気」の1つで、冬至と春分の中間に定められたこの日は、中国では1年の始まりだと考えられています。
この日は、1年の豊作や健康を願ったさまざまな風習があります。
「打春牛」
皇室から伝わった興味深い行事に「打春牛」というものがあります。
農村の村長は泥で作られた牛、「春牛」をムチで3回叩き、新年の農作業の始まりを呼びかけます。
母親たちは子どもを抱いて「春牛」を3周し、子どもの健やかな成長を祈ります。
その後、村人たちみんなで「春牛」を打ち砕き、その土を各自の畑に撒くことで1年の豊作を願います。
中国の立春には「春餅」を食べる、「咬春」という習慣があります。
「春餅」とは、クレープのように小麦粉で作った生地でネギ、ショウガ、だいこんなどを巻いた食べ物で、健康に春を迎えるという願いが込められています。
この時期は気候の変化が大きいため、昔から立春の体調管理は特に大切とされています。
旧暦では、年によっては年があけるよりも先に立春が来ることがあります。
これを「年内立春(ねんないりっしゅん)」と言います。
数年の立春の旧暦での日附 |
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新暦 | 旧暦 |
2000年02月04日 | 1999年12月29日 |
2001年02月04日 | 2001年01月12日 |
2002年02月04日 | 2001年12月23日 |
2003年02月04日 | 2003年01月04日 |
2004年02月04日 | 2004年01月14日 |
2005年02月04日 | 2004年12月26日 |
2006年02月04日 | 2006年01月07日 |
2007年02月04日 | 2006年12月17日 |
2008年02月04日 | 2007年12月28日 |
2009年02月04日 | 2009年01月10日 |
その後は2010年、2013年、2015年、2016年、2018年(いずれも新暦)が「年内立春」です。
立春の翌日から雨水までの半月の間に1日あればその日が元日となり、年内立春となるので、大体2年に1回は「年内立春」になることになります。
これをわざわざ「年内立春」と呼ぶのは、年があけてからの立春よりも春らしさをあまり感じないと言う感慨からきたものと言われています。
瀋陽のクリスマス・イブ
今日はクリスマス・イブです。
瀋陽の中街や太原街などの繁華街は、イルミネーションなどで飾り付けられて大勢の人々で賑わい、数日前からクリスマス関連の商品が店頭に並んでいます。
現在の瀋陽の夜は氷点下ですが、それでもクリスマス・イブの夜には多くの人々が中街や太原街などの繁華街に集まってきます。
クリスマスは特に人が大勢集まり混み合いますので、政府は瀋陽の中街だけで治安部隊1000人を投入して、瀋陽にある教会などの警備を強化しています。